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【生命とは何か?……ある生物学者のお話???】

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【ある生物学者がお話されました……】

生命の特性は、まずは「壊す」ことにある。

人が歩くのと同じ。

いったんバランスを崩すことで一歩足を踏み出ししやすくなるように、不安定な状況を創り出すことで、あらゆる変化に対応できる高次元の「安定」を実現している。

【動的平衡】

生物は自らを「破壊」し続けることで生きている。

ビジネスの世界では数々の制約条件の中で、最適なパフォーマンスをあげることが期待されます。

一方、生物学で扱っている時間軸はビジネスの世界と違います。ビジネスの世界では四半期、1年間で「変化がない」ことは評価できないかもしれません。でも生物は生まれてから38億年です。1年で変化がなくとも何百万年、何千万年単位でみると目覚ましく進化しているわけです。評価の尺度を数秒単位から億単位まで、自在に変えながら観察していかないと分からないことが多い。

ですからビジネスの視点から見ると不思議なことが起きています。そもそも細胞は「合理性」「成果」だけを求めて動いていません。 Aという行動をとりながらも、全く矛盾するBという行動をしたりする。C→Dという順番ではなく、逆のD→Cという順番でも動く。さらに、こうした相反する行動を同時にやったりします。 その行動の目的も、新しいものを創るためだけじゃなく、いま作ったばかりの細胞を「壊す」ことだったりする。細胞は作るよりも、壊すアプローチの方が多く、「壊す」ために生きているとも言えるほどです。しかもそれを平気でやるのです。

例えば私たちが、100年以上も浸食や風化に耐える頑丈な建物を建てようとしたらどう考えますか。地下深くに基礎を打ち込み、 頑丈な素材を用いて堅牢に作ろうと発想しますよね。修繕しながらならば、100年以上も耐えられる建物ができるかもしれません。

でも、1000年、1万年後はどうでしょう。おそらく風化に耐えられず、朽ち果てて何も残らないでしょう。私たちは宇宙の大原則である「エントロピー増大則」に支配されている以上、築き上げたものは崩れ、秩序あるものは無秩序化する。1つの場所で止まっていることはできず、分散していきます。整理整頓したはずの机の上はぐちゃぐちゃになっているし、淹れたてのコーヒーは冷める。熱い恋愛も冷める。

でも、38億年も生きながらえてきた生物はどうやって朽ち果てることに抗ってきたのでしょう。生物は堅牢になることを諦め、自分で自分の細胞を壊すことを選んだのです。「エントロピー増大則」が襲ってくる前に、先回りして自分で細胞をどんどん壊す。壊し続けることで、結果的に常に新しい細胞が生まれる状況を維持しているのです。

「壊し続ける」ことで状況は不安定になりますが、それゆえに、次の「合成」のプロセスが立ち上がるのです。これは不思議なことではなく、人間が歩いている行動がそうです。片足を前に差し出すことで、体全体のバランスを崩しています。その不安定な状態を解消しようとして、もう一方の足が自然と前に出るのです。最初に「分解(エントロピーの増大)」があり、「合成(自己組織化)」が起きるというサイクルを、絶え間なく繰り返し続けていることで、高次元の「安定」をつくり続けている、これが「動的平衡」の考え方です。

人間の遺伝子をすべて解析する「ゲノム計画」で、何がわかったのか?

細胞と脳の役割。かつてはコントロールセンターである「脳」がすべての臓器に指示していると考えられていた。組織で言えば中央集権的組織です。でも、実際は、中央司令塔である脳が全ての臓器、細胞に指示を出しているわけではなく、個々の細胞が周囲の細胞・分子との「関係性」をみながら自律的に動き変化に対応していることが分かってきた。

その頃、米国では人間の遺伝子をすべて解読する「ヒトゲノム計画」が発表されました。壮大な計画で誰もが無理かと思っていたのに、米国は人間の遺伝子をすべて調べ上げてしまったのですね。先を越されたのですが、遺伝子がすべて解読されれば、命とは何かが解明されるのではないか。でも、これで何が分かったのかといえば、なにも分からなかった。「何も分からない」ということだけが、分かったのです。

生物は「機械」ではない。細胞の「つながり」と「関係性」で維持される。

生命とは何か。そこが謎に包まれたまま、生物学、医学の世界では、遺伝子の組み換え実験や臓器移植、再生医療の研究や実用化の動きが加速していました。

臓器移植や再生医療のアプローチの背景には、どこか生命を「機械」のように捉える考え方があります。「悪くなった部位は取り除けばいい」「パーツを入れ替えれば元どおりに治る」という発想です。しかし、局所的なパーツの交換によってカラダ全体がおかしくなることがあるし、逆に、特定の部位がなくても周囲の細胞が変化して代替してしまうこともあるのです。かならずしも、生物は独立した機械部位の集合体ではないのです。

膵臓細胞の消化酵素についてした研究では、小胞体膜に存在する特定のタンパク質が消化酵素を分泌するときに重要な働きをしていると考え。そこで、あえてそのタンパク質を持たないマウスをつくって実験したのです。このタンパク質を持たなければ→マウスは消化酵素が不足する→やがては栄養失調になる。それが確認できれば特定のタンパク質が不可欠なものであることが証明できるわけです。

ところが、このタンパク質を持たないマウスは栄養失調にはならず、健康体のままだったのです。調べて分かったのですが、欠けている機能を補完するように周囲の細胞が干渉し合い、変化していました。この現象を見た時、生命とは、決められた役割だけをもった機械部品の集まりとは違う、ということに気が付きました。

ひとつの細胞とその周囲の細胞の関係は、とても不思議です。互いに、情報・エネルギーを交換することで影響し合っています。実際私たちの身体は、一年前と今ではすべてが新しくなっている、と言えるほど変化しています。分子単位でみても細胞単位でみても、1年前とはまったく違うものなんです。それでも、影響し合うという「関係性」、「つながり」だけは変わらない。細胞は変わっているのに、細胞同士がつながりながら、全体としてはバランスを取っているんです。こうした「生命のバランス」を、実験で最初に指し示したのが、ドイツ生まれの米国の科学者ルドルフ・シェーン ハイマーRudolph Schoenheimerでした。1930年代のことです。彼は「身体構成成分の動的な状態」と説明しました。私はこの概念を拡張して「動的平衡」と言っているのです。

生物といえば、これまで自己複製、自己増殖するプロセスばかり注目されてきましたが、2000年代に入って「どうやら生物がやっていることは創ることばかりじゃないぞ」ということで、ようやく「破壊」のことも理解され始めました。2016年にノーベル医学・生理学賞を受賞された大隅良典氏の「オートファジーAutophagy研究」もそう。大隅先生は、外部からタンパク質を吸収できない環境下で、生物が体内にある細胞内のタンパク質を自食していくメカニズムを明らかにしたのです。

人間が捉えている時間は点ではありません。「過去」があるからこその「今」であることを理解しているし、数秒後を予想した上での「今」なのです。だから時間は点ではなく空間のような厚みがある。その空間の中に、過去も未来が入り込んでいるのが「今」なのです。

こうした厚みがある時間の中で、生き物は、創ること、そして自らを壊すことを同時にやっている。人間の脳の中も、矛盾したことを考えているし、まったく関係ないもの同士をつなげたりしている。決してロジカルではないのです。偶然もあるし、カオスなのです。

AIは今後も、「計算機」としての進化はあるでしょうし、それによって一部の仕事を代替することはできるでしょう。しかし、成り立ちが違う以上、人間のそのものを代替するものにはなり得ないのです。その意味で「シンギュラリティ」は来ない。「The Singularity Is Near」じゃないし、「The Singularity Is Here」でもない。「Never Here」なのです。

「種の保存」よりも「個人の自由」を優先する人間の行き着く先は?

ベストセラーになった『サピエンス全史』、かつて岸田秀先生が言ってきたように、近代社会の人間は「社会」という虚構をつくりあげ、そのルールの中で生きるようになりました。それよりも大きな変化は、他の生物が「利己的な遺伝子」に従い、自らの種を残す目的で生きているのに対し、人間は種を残すよりも「個の自由」を優先するように生きるようになったことです。この「個の自由」を優先する社会が今後どうなるのか…。今後は人為的な努力も必要になっていくでしょう。

確かに、個の自由は、ほかの生物や病気など、外敵に襲われることなく、衣食住など安全的な環境が確保できたこそ成り立っている側面はあります。先ほどのシンギュラリティの話もそうですが、未来の話って技術の話題が先行し、人間社会そのものをどうしたいのか、という話題が少ないんですね。見えないがゆえに不安も高まり、どうしても暗い話に引き寄せられます。映画『ブレードランナー2049』のようなディストピア的な世界のシナリオにリアリティを感じる人たちも増えています。

「動的平衡的」な現象が細胞、分子レベルに留まらず、人間、コミュニティ、社会でもフラクタルに起きていると考えるならば、今後も、宇宙の「エントロピー」は増大し続けるし、人間社会でもいろんな次元で「破壊や分解」と「創造や合成」は繰り返されていく。人間社会では今後、格差問題が広がるかもしれないし、仕事の一部の仕事はロボットに奪われることがあるのかもしれません。でも、そうした不安定な状況こそが、次の社会や仕事を生み出していくプロセスとも捉えることができます。

細胞と同じように人間は周囲の人たちとエネルギーも情報も物質もエントロピーも交換しあっています。その関係性が次のレベルであるコミュニティに影響を与え、さらに高い次元の「社会」にも影響しあっています。ですから、周りに壁を立てて、局所的な幸せや効率、富などを求めると結果的に高い次元では「損をする」「全体の不幸を招いている」という現象が起きるんです。これは、私たちに生物学が長い歴史を通じて教えてくれたことです。

種の保存が守られている状態においては、個人の自由の追求に意識が向く余裕がありますが、種の保存が守られなくなる危険性が出てくると、そうはいかなくなるのが必然。私たちが生物である以上、その本質的な法則は忘れてはならないことですね。